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再転相続における相続放棄の熟慮期間・起算日についての裁判例

甲の相続人乙が、甲の相続について承認や放棄をしないで死亡したときは、甲の相続人である乙の法律上の地位が、乙の相続人丙(甲にとっては甥・姪や孫など)に承継されます。(相続人への相続と言い換えることもできます。) これらの事態は、再転相続と言われ、丙は再転相続人とか二次相続人と呼ばれます。(甲の相続開始前に乙が死亡していた場合は、丙は代襲相続人となって、異なる取扱になります。)

甥・姪や孫など丙は、通常、被相続人との生活関係は、兄弟姉妹や子などより希薄な上に、自分の親等乙の相続については認識するもののその一代上の甲からの相続人の地位の承継については気づかない場合も多く、再転相続における熟慮期間の起算日はより深刻な問題になりがちでした。

丙は乙の法律上の地位を引き継ぐので、熟慮期間の規定として民法915条しかないと、乙が自己のために相続開始があったことを知った時から2ヶ月経過していた時は、丙の熟慮期間は1ヶ月しか残らず、おかしな扱いになってしまいます。

そこで、再転相続・数次相続に適用する民法916条が制定され、「相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したときは、前条第一項の期間<熟慮期間>は、その者の相続人が自己のために相続の開始があった事を知った時から起算する。」として、丙が自己の相続があった時から起算する事として、乙が相続開始を知った時から経過した時間は算入しない事にしています。

しかし、丙が「自己のために相続の開始があった事を知った時」の解釈をめぐっては、①丙が自分のために乙からの相続(2次相続)を知った時、②丙が乙のために甲からの相続(1次相続)を知った時のどちらであるかは争いがあり、学説の通説は、①の2次相続説でしたが、最高裁は、令和元年8月9日の判決で、②の1次相続説をとることを明確にしました。

令和元年8月9日の最高裁判例は起算日について以下の通り判示しました。今後、下級審では、この判例に沿って判断されていくものと思われます。

  1. 民法916条の趣旨は、乙が甲からの相続について承認又は放棄をしないで死亡したときには、乙から甲の相続人としての地位を承継することを丙が認識した時を熟慮期間の起算点とすることで、甲からの相続について承認又は放棄を選択する機会を丙に保障することにある。
  2. 民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、相続の承認又は放棄をしないで死亡した者の相続人が、当該死亡した者からの相続により、当該死亡した者が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を、自己が承継した事実を知った時をいう。

再転相続人である丙が、乙の甲に対する相続人としての地位を承継した事実を知った時を起算日とする判例であり、あくまで、丙の認識を基準としています。

尚、被相続人の死亡前に、兄弟姉妹や子などの相続人が死亡していた場合は、甥・姪や孫などは代襲相続人となって再転相続ではないので、民法915条が適用されます。

尚、兄弟姉妹等の第三順位の相続人(第二順位の相続人の直系尊属を含む)の熟慮期間の起算日は、民法915条で規律され、先順位者が相続放棄したり、債権者からの催告書や支払通知の到達によりて自己が法律上の相続人になったことを知った時などとされていて、再転相続の場合と類似しています。

事案の概要

G銀行は、F会社に対して8000万円の貸金返済と、Zの連帯保証人であるA外4名に、連帯保証債務の履行を求めた訴訟を提起し、平成24年6月7日にXの勝訴判決が出され、その後に判決は確定した。Aは平成24年6月30日に死亡したが、Aの第一順位の相続人である妻と子は同年9月に相続放棄の申述が受理された。

Aの妻と子の相続放棄により、Aの直系尊属は死亡していたため、Aの兄弟4名、死亡していた兄弟2名の子らの代襲相続人7名計11名が相続人となった。

Aの兄弟Bは、平成24年10月19日に、Aの配偶者・子の相続放棄により自己がAの相続人となったことを知らず、又Aからの相続について相続放棄の申述をすることなく死亡した。Bの相続人は妻及び子のXであり、XはBの死亡日に自己がBの相続人となったことを知った。

G銀行は、相続開始後3年後の平成27年6月に、F会社に対する債権をYに譲渡した。Yは、平成27年11月2日、確定判決に基づいて保証債務額の32分の1の範囲で強制執行することができる旨の承継執行文の付与を受けて、平成27年11月11日に,承継執行文の謄本をXに送達した。これにより、Xは、BがAの相続人であり、XがBからAの相続人としての地位を承継していた事実を知った。

Xは、平成28年2月5日,Aからの相続について相続放棄の申述を行い,同月12日に受理された。更に、Xは、Yに対して、相続放棄を異議の事由として,執行文の付与された債務名義に基づく強制執行を許さないことを求める「執行文付与に対する異議の訴え」を提起したて、相続放棄の申述が有効なものかを争点に最高裁まで争われた。

裁判所の判断

民法916条の趣旨は、乙が甲からの相続について承認又は放棄をしないで死亡したときには、乙から甲の相続人としての地位を承継することを丙が認識した時を熟慮期間の起算点とすることにより、甲からの相続について承認又は放棄を選択する機会を丙に保障することにある。

再転相続人である丙は,自己のために乙からの相続が開始したことを知ったからといって,当然に乙が甲の相続人であったことを知り得るわけではない。

丙は,乙からの相続により,甲からの相続について承認又は放棄を選択できる乙の地位を承継しているものの,丙自身が,乙が甲の相続人であったことを知らなければ,甲からの相続について承認又は放棄の選択することはできない。

丙が,乙から甲の相続人としての地位を承継したことを知らないにも拘わらず,丙のために乙からの相続が開始したことを知ったことをもって,甲からの相続に係る熟慮期間が起算されるとすることは,丙に対し,甲からの相続について承認又は放棄を選択する機会を保障する民法916条の趣旨に反する。

民法916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、相続の承認又は放棄をしないで死亡した者の相続人が、当該死亡した者からの相続により、当該死亡した者が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を、自己が承継した事実を知った時をいう。

本件においては、執行文の謄本等の送達を受けた時に、XがBからAの相続人としての地位を承継を認識したので、相続放棄申述の受理を有効とし、Xへの強制執行を不適法とした。

尚、原審である高裁は、相続放棄申述の受理を有効としたが、下記の通り理由が異なる。

  1. 民法916条は,乙が,甲の相続人であることを知っていて、相続の承認又は放棄をしないで死亡した場合のみ適用されるもので、BがAの相続人となったことを知らずに死亡した本件には適用されず、915条が適用される。
  2. Aからの相続に係るXの熟慮期間は,XがBからAの相続人としての地位を承継した事実を知った時から起算されるので,相続放棄は有効なものとした。

しかし、最高裁は、①916条が「相続人が相続の承認又は放棄をしないで死亡したとき」とのみ規定していること及び②甲からの相続について承認又は放棄を選択する機会を丙に保障する916条の趣旨から、乙が甲の相続人であることを知っていたか否かに関係なく916条が適用されるとして、高裁の判決を破棄した。

コメント

本事件は、多額の保証債務に関する確定判決を受けた被相続人甲の死亡後、甲の配偶者と子が相続放棄を行った結果、乙などの兄弟姉妹が甲の相続人となった後に、乙が死亡して丙による乙の相続が開始した事例における相続放棄の熟慮期間の起算日に関する最高裁の判例です。

丙は,自己のために乙からの相続が開始を知ったことをもって、乙の甲に対する相続人の地位の承継(再転相続)を知ったことにはならず、債権者からの執行文の送達により乙の甲に対する相続人の地位の承継を知った時(=債務の存在を知った時)を熟慮期間の起算日としました。

兄弟姉妹など第三順位者の熟慮期間の起算日は、先順位者の相続放棄を知った時や債権者からの催告等を受けた時からです。本件は、ほぼそれに類似した取扱いですが、単なる兄弟姉妹の熟慮期間の起算日は、915条で規定されています。

本件のように、本来の相続人が相続開始後に死亡して、再転相続人である甥・姪等が、相続人の地位を承継した場合における熟慮期間の起算日に関する916条の解釈を、本来の相続人より同程度か緩やかな取扱になるように債務の存在を知った時とするのは当然でしょう。

尚、再転相続人に適用されるので、祖父母の相続開始後に、父母が死亡した場合の孫たちにも当然に適用され、再転相続の事実や債務の存在を知った時が起算日になります。ただし、父母が相続開始前に死亡して代襲相続人として祖父母を相続する場合までには適用されない場合が多いようにも思います。本人が第一順位の代襲相続人になるので父母や祖父母の死を知らない場合は別として、殆どは祖父母の死亡日に相続開始する場合が多いと思います。

祖父母の兄弟姉妹の子にあたる甥・姪が代襲相続人として相続する場合は、第三順位の相続人となるので、先順位者がいないこと、先順位者の相続放棄の事実、債務の存在を知った時などが起算日となるので、孫とは異なる扱いになるように思います。

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