被相続人の死亡により相続は開始し、相続人は被相続人の権利義務の一切を承継します。(民896条) 権利義務ですから、被相続人の積極財産(現預金・不動産等)と消極財産(負債ー借入債務、保証債務)を引き継ぎます。
民法上、債権債務は原則可分債権・可分債務として扱われるので(民427条)、積極財産をどう分割するかには関係なく、対相続債権者との間では、金銭債務は法定相続分に応じて承継されます。(金銭債務は法定相続分に応じて承継されると書いてある条項などありません。民法の条文解釈から出てくる当然の帰結です。専門家以外で理解している人は少ないと思います。)
尚、「親子リレーローン」「親子リレー返済」という住宅ローンについては、融資契約で相続による債務承継者が子に特定されているのが殆どなので、ここで説明する相続による債務承継の例外になります。それぞれの融資契約をよく精査して下さい。(通常は、同居している親子を連帯債務者として、親の返済期間を一定の年令までとし、その後は、子が返済を引き継ぐ仕組みになっています。親の返済期間の中途で親が死亡した場合は、連帯債務者である子のみが親の債務を承継するとの特約がついているのが通例。)
相続開始後に、相続を単純承認した時は、無限に被相続人の権利義務を承継するので、承継する債務額に上限はありません。(民920条)債務額が積極財産を上廻っていて債務を引受けたくない時や引受ける債務額を積極財産を上限としたい場合は、相続開始後3ヶ月以内に相続放棄や限定承認の手続を家庭裁判所で行う必要があります。(民915条、921条、938条) 借入金は比較的判明しやすいかも知れませんが、保証債務は発見しにくいので気をつけてください。(過去に相続放棄をめぐり訴訟を起こされた事件のかなりが保証債務です。)
被相続人の一身に専属した権利義務は相続されません。(民896条但書) 一身専属の権利義務の例としては、当事者間の信頼関係が重視される代理における本人・代理人の地位、雇用契約における使用人・被用者の地位、親子関係等身分関係に基づく扶養請求権・扶養義務などがあります。
又、相続により被相続人の債務を承継したくない時は、相続放棄(民938条)の手続があり、債務を無限に相続したくない時は、被相続人の有する債権額を債務承継の上限額とする限定承認(民922条)の手続があります。
遺言により、法定相続分と異なる相続分の指定がなされた場合は、特別な事情がない限り、相続人間では、指定相続分に応じて債務が承継されますが、債権者との関係では、法定相続分による債務が承継されたとされ、相続人間と対債権者との間では効果が異なる事に注意して下さい。
- 遺言による相続分指定は、相続人間では債務にも適用(裁判例)(最高裁判決平成21年3月24日)
- 公正証書遺言は、死後の争族をさける唯一無二の手段
債権・債務の可分性からくること
前に述べたように、債権債務は、民法上は可分債権・可分債務として扱われるので、相続開始により債務は法定相続分の割合で各法定相続人に自動的に分割されて承継されます。(民899条:各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する。)
預貯金債権等の債権も、従前は被相続人に死亡により直ちに法定相続分で自動的に分割されて承継されるとの扱いでした。平成28年(2016年)12月19日の最高裁の判例変更を受けて、相続においては不可分債権化され、遺産分割協議等による相続人全員の合意がない限り預貯金等を処分できないようになりました。判例変更の後の改正相続法は、新たに預貯金の仮払い制度(民909条の2、2019年7月施行)を設けて、不可分債権化により被相続人の死亡後直ぐに預貯金を引き出せないという相続人の不便さを解消したことになっています。(但し、金融機関毎に「預貯金額×1/3×法定相続分」と「150万円」の何れか少ない額という引出し額の上限あり。)
遺言による相続分の指定と債務の承継
遺言で債権など資産の帰属を決定することはできますが、債務の帰属を決定することは通常はできません。しかし、負担付贈与(民553条)と死因贈与(民554条)を組み合わせた負担付死因贈与契約により、資産と債務の帰属先を指定することはできますし、遺言によって法定相続分と異なる相続分の指定(民902条)を行った時は、相続人間では、債務の承継も指定された相続分で行われます。(後述の最高裁判例あり。)
遺言において、「相続人の一人に全財産を相続させる」等の法定相続分と異なる相続分の指定を行った時は、遺言の趣旨から特定の一人に全ての相続債務を承継させる意思がないことが明らかなど特段の事情がない限りは、特定の一人に相続債務もすべて承継させる意思表示がなされたと解釈すべきとの下記最高裁判例があります。
従い、遺言による相続分の指定がある場合には、相続人の間では、指定相続分に応じた債務の承継が行われます。しかし、法定相続分と異なる相続分の指定は、被相続人の債務の債権者(=相続債権者)の関与と了解なくなされたので、相続債権者に対しては、指定相続分による債務の承継は対抗力をもちません。従い、相続債権者との関係では、各相続人は法定相続分に応じた債務履行義務を承継します。相続債権者は、各相続人に対して、法定相続分に応じた債務の履行を請求できますし、各相続人は法定相続分に応じた債務の履行を拒めません。相続債権者の法定相続分に応じた請求に応じて履行した相続人は、指定相続分での債務履行を他の相続人に求め不当利得返還請求による求償するしかありません。(特定の一人が全財産を相続した場合は、その特定の一人に求償することになります。)
相続人間では、指定相続分で債務が承継され、相続債権者との関係では、法定相続分で債務が承継されます。勿論、相続債権者が相続分の指定の効力を認め、指定相続分に応じた相続債務の履行を請求することはできますし、通常は、相続債権者との交渉でそのような合意がされる蓋然性は高いと思われます。その方が、相続債権者の債権保全に有利となる場合が多いと思います。法定相続分より低い相続分の指定をされた相続人は、債務の承継に対して注意深く対応すべきです。