夫婦の一方からの収入により婚姻中に取得された一方名義の財産は、夫婦間の「実質的共有財産」とされ、離婚後は精算的財産分与の対象になります。
実質的共有関係の法的性格について、多数説は、離婚後の財産分与の協議前では、共有権は潜在的なものに過ぎず、共有持分権を主張できないとしています。又、最高裁判例(最高裁第二小法廷判決昭和55年7月11日判決)は、離婚によって生じる財産分与請求権は、当事者間の協議や審判等によって具体的内容が形成されるまでは、その範囲・内容が不確定なものとしています。
従い、夫名義の住居に別居乃至離婚後から財産分与の協議による合意形成される時や審判等が確定するまで妻(元妻)が居住して住居を占有しても、夫は共有権に基づく不法行為による損害賠償や不当利得の返還請求を求められません。
又、別居中に共有財産である夫名義の預貯金債権を引き下ろしたり、夫名義の有価証券等を持ちだしても、将来の財産分与として考えられる対象や範囲を逸脱したり、相手を困らせる目的等がない限り、違違法性はなく、不法行為による損害賠償等を求められることはありません。
財産分与の協議や審判等の確定前には、両当事者とも第三者に主張できるような明確な共有権をもたず不確定な潜在的共有権しかもたないからです。本裁判例は、夫名義の住居の占有及び夫名義の預金を婚姻費用として引出した事の不法行為性と不当利得性を争点として争われたものであり、裁判所は違法性はなく不法行為なり不当利得にあたらないと判示しました。
- 夫婦の協力で得た収入で取得した一方名義の財産は共有財産(裁判例)
- 夫婦共有財産に対して、離婚前に共有物としての主張ができるか
- 別居中の夫名義預金(共有財産)引出しに違法性はない(裁判例)
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本裁判例:東京地裁平成27年12月25日判決(平成27年(ワ)第5373号)
事案の概要
- 平12.11 婚姻
- 平15.3 夫名義でマンションを購入し、その後夫名義のローンを返済
- 平22.11.7 夫がロンドンに単身赴任(妻は、離婚後までマンション居住)
- 平25.4.1 夫は日本に帰任するも、住所も知らせずに別居
- 平26.3.27 裁判離婚確定(最高裁までに上告)
- 平27年 夫は本件損害賠償請求訴訟を地裁に提起。
- 平27.4.6 元妻は元夫に住居明渡
- 平27.9.11 財産分与審判確定(マンションの財産分与対象を4366万円とし、夫名義の預金は共有財産と認定した上で、元夫にマンションと預金を分与して元妻は代償金取得)
争点
離婚後のマンション占有権限
元夫の主張
- マンションについて妻の潜在的持分が認められるとしても1/2を超えることはなく、夫は少なくとも1/2の持分を確定的に有している。
- 元妻は、離婚後の平26.3.27以降平27.4.6まで本件マンション全体を占有し、夫持分の1/2についても権限なくして占有しているので、元妻は法律上の原因なくして利益を得、元夫は賃料相当額の1/2相当の損害を受けている。(損害額172万)
元妻の主張
- 夫の単身赴任以降は、夫の占有補助者として長女と共に居住。
- 日本帰任以降、住所を知らせず別居したのは夫であり、妻が単身でマンションを占有するようになったのは、離婚を求めて別居した夫の意思。
- 夫と妻の合意に基づき単独の占有がなされたのだから、マンションの占有は権限に基づくもので不法行為ではない。
- 財産分与が完了するまでは、夫婦財産の分離が確立しているわけではないので、共有財産を観念することができない。夫の共有持分権に基づく請求は認められない。
夫名義の預金引出し
元夫の主張
妻は渡英後の平22.11~平23.6末までの間、夫名義の預金からキャッシュカードで引出し、法律上の原因なくして算定表の婚費(月額15万)を超える額(70万)の利益を得た。過払分について不当利得の返還請求をする。
元妻の主張
- 夫は平23.6末まで各月25万の婚費を支払うことを承諾している。双方に合意があったので、合意の範囲の生活費に使用について返還請求権はない。
- 婚費の金額は、双方の合意や審判もなしに算定表で機械的に適用され自動的に定まるものでない。
- 支払済の婚費に関して、事後に一方的な清算請求権はなく、不当利得はない。
裁判所の判断
離婚後のマンション占有権限
- 本件マンションは、名義は夫であっても、実質的に双方の共有財産であったと認められれる。
- 夫婦共有財産である不動産については、一方の単独名義であったとしても、財産分与の合意又は財産分与審判が確定するまでは、(名義のない他方にも)原則として占有権限がある。
- 当事者の協議又は審判により、財産分与の具体的な内容が形成されるまで、その範囲・内容は不確定なものである。(最高裁第二小法廷昭和55年7月11日判決)従い、具体的権利内容が形成されない限り、相手方に主張できる具体的権利を有していない。
- 妻が夫との離婚後に本件マンションの占有を継続したとしても、妻の行為によって夫の権利が侵害されたということも、夫に具体的損失が生じたということもできない。
- 当事者の協議又は審判の内容次第では、妻の持分につき1/2を超える持分を保有させることもあり得るから、協議又は審判がなされていない時点において、夫が1/2の持分を確定的に有しているとは言えない。
夫名義の預金引出し
- 当事者間の協議や審判などで、具体的権利内容が形成されない限り、相手方に主張できる具体的権利を有していない。算定表に従って計算した婚費を超える額を預金口座から払い戻していたとしても、その行為によって夫に具体的な損失が生じたということはできない。不当利得返還請求することはできない。
- 夫は平23.5.22までは、月額25万円を婚費として送金し、妻はこれを引出していたが、平23.5.23以降、妻への送金額を以降15万に変更するメールはしたが、妻が明示的に合意していない。妻による預金からの払い戻しは、両者の合意に基づくもの。従い、法律上の原因はある。
コメント
- 婚姻中及び離婚後であっても財産分与の協議又は審判前までは、共有権の範囲・内容は不明確であり、夫婦共有財産の共有持分権に基づく主張はできないことを不動産と預貯金債権について判示した裁判例である。
- 一方名義の不動産について他方配偶者が占有していても、違法性はなく不法行為や不当利得には該当せず、一方名義の預貯金債権についても、他方配偶者がキャッシュカードで払い戻しても、婚費や将来の財産分与として考えられる対象・範囲を逸脱したり、相手を困惑させるなど不当な目的で引出した等の特別事情がない限り、違法性はなく不法行為や不当利得とはならないことを確認している。