別居中に、一方が預貯金その他の共有財産を持ち出したり、生活費等に費消した場合に、他方がその返還を求めることは、訴訟までいかなくても離婚調停などで実際に見受けられます。
紹介する裁判例は、別居間もない時期に、夫名義の預金からATMで37回に亘り、合計1,830万円を妻が引出し、夫が不法行為を理由に全額の返還を請求した事案です。別居をしたからといって必ず離婚に至るわけでなく、別居中の生活費等も必要になること、離婚に至るとしても、共有財産の精算手続として財産分与が予定されていることを考慮すれば、夫婦の一方が別居時に共有財産の一部を持ちだしたとしても、特別の事情のない限り、違法性はなく不法行為に当らないと判示して、夫の請求を否認しました。 別居時に、預金や有価証券などの実質的夫婦共有財産を持ちだしたとしても、持ちだした財産が、将来の財産分与として考えられる対象や範囲を逸脱したり、相手を困らせる目的等がない限りは、違法性はなく不法行為とはならいと判示した下記裁判例もあります。
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本裁判例:東京地裁平成26年4月23日判決(平成25年(ワ)第7328号)
事案の概要
事件の経緯
- 1985年婚姻(夫・原告:医師、妻・被告:専業主婦)、翌年長女出生
- 義父(夫の父で開業医)と開業医院で同居
- 1991年妻は義父と養子縁組
- 2005年頃 義父はアルツハイマー症と診断され、開業医をやめ、2007年義父は妻との間で、生活・療養看護・財産管理事務委任契約(所謂「見守り契約」)及び任意後見契約を締結し、2008年義父は特別養護老人ホームに入所し、妻は2012年任意後見人に選任。
- 2008年10月夫は妻から夫の信用金庫の給与振込口座のキャッシュ・カードを取り上げた。
- 2008年11月頃から、夫は帰宅しなくなり、別居
- 2008年12月妻は、夫に話することなく、37回に亘り夫名義の預金から計約1830万を引出し。
- 2011年頃夫が妻以外の女性との間に子を設けた事実を知り、妻は離婚を決意
- 2012年10月妻は離婚調停申立、妻は調停で現金を引出した夫名義の預金口座の存在を開示せず、夫は、別途の調査でこの口座の存在を知る。
- 2013年(平成25年)離婚訴訟に移行
妻が引出した預金口座の経緯
開業医の義父が夫名義で解説した口座で、義父が株式等の運用口座として利用してきた。義父は、2005年に株式等の運用を終了させ、その管理を妻に任せた。
争点
妻が引出した預金口座の共有財産性
夫は、父から贈与された特有財産と主張し、妻は、義父から夫及び妻に贈与された共有財産と主張。
本件引出行為の不法行為性
夫は、不法行為であるとして妻からの返還請求を求め、妻は違法性を否認。
裁判所の判断
共有財産性
夫は2007年頃預金通帳を父から渡されたと供述しながら、預金通帳を受領した時期、場所、その時の会話に記憶がないと供述しており、その供述を採用することができないので、特有財産であるとする夫の主張には理由がない。
不法行為性
- 本件引出行為は、別居に際して行ったもの。別居をしたからといって必然的に離婚に至るわけでなく、別居期間中の生活費等も必要になるし、離婚に至るとしても、このような共有財産の精算手続として財産分与が予定されていることを考慮すれば、夫婦の一方が別居時に共有財産の一部を持ちだしたとしても、特別の事情のない限り違法性はないと解される。
- 夫は、財産分与手続を経ないで預金を独占しようという不当な目的で妻が本件引出し行為をしたと主張している。確かに、妻は、夫に話をすることなくATMから引出限度額を37回に亘り引出し、本件口座の存在を積極的に明らかにしようとしなかったが、本件口座は、近所の支店で解説された夫名義の預金で、夫が調査すれば容易に判明する可能性が高く、別居が始まったばかりの時期に財産分与を経ないで預金を独占しようという目的で本件引出行為を行ったとまで認めるには疑問がある。
- 妻が、結婚以来、家計のやり繰りや財産管理行っていたものの、平成20年10月頃、夫の給与振込口座のキャッシュカードを夫に取り上げられたこと、アルツハイマー症になった義父の生活の面倒を見ていた事実は争いがないことあり、夫も妻及び長女(医学部生)の生活費・学費等を共有財産から支出することを容認する意向であったと認められることを踏まえれば、本件引出行為の目的が、生活費・学費の支出であったとしても、それが直ちに不当なものであるとは認め難い。
- 2008年以降給与振込口座のキャッシュカードを所時していた夫は、生活上の不都合がなかったこと、夫婦間の共有財産の額は高額なものであることが認められる事情も併せて考慮すれば、妻の本件引出行為が不法行為で当たるということはできない。
- 妻が2008年10月当時、少なくとも3000万円を超える金員を管理していたことが認められるが、当事者間の共有財産が高額なものであることを踏まえれば、上記判断を左右するものでない。
- 妻は、引出した約1830万円を長女に贈与することに夫の同意が得られない場合は、これを共有財産として財産分与の対象とする意向を踏まえれば、夫に損害が生じているということもできない。
コメント
- 別居時の共有財産の持ち出しに違法性はないことを、東京地裁平4年8月26日判決と同様に認容した裁判例である。
- 双方の裁判例から推量される持ち出しに違法性がないことが判断される事情は下記と思われる。
・持出した財産が、実質的な夫婦共有財産であること。(名義は無関係)
・生活費等に充当する目的で持出し、相手を当惑させる目的で行ったものでないこと。
・財産分与の範囲を逸脱したものでないこと。 - 争点である夫名義の預金の特有財産性については、特有財産性を主張する側に立証責任があり、本件では、裁判所が夫が提出した証拠を不十分だと判断し、民法762条2項(夫婦いずれに属するか明らかでない財産は共有と推定)に基づいて共有財産と認定した上で、その持出しに違法性がないと判示した。