離婚時年金分割制度が施行されたのは、2007年(平成19年)4月1日で、その内、3号分割制度が施行されたのは2008年(平成20年)4月1日です。(2007年度は合意分割のみ施行。)まだまだ、短い歴史しかないことや、内容がテクニカル過ぎる部分もあるために、一般の理解も不十分なように思います。
請求すべき按分割合に関する裁判例も公刊されているものは、8件程に過ぎません。5件は、家庭裁判所における0.5の按分割合の審判に対して、0.5より低くしたいとする元夫の即時抗告を高裁が棄却しています。
内、3件が、家庭裁判所で0.5以外の審判を出しています。①別居期間中の妻への按分割合をゼロとしたもの、②同居・別居計の期間に対する元妻への按分割合を0.35としたもの、③妻の勤労期間を対象とする夫への按分割合を0.3するものでした。①②は、高裁に即時抗告されて、いずれも0.5で確定しています。③は即時抗告しなかったので、0.5以外で確定した唯一の裁判例です。
離婚時年金分割制度の施行直前に、最高裁・事務総局は、「被用者年金は、夫婦双方の老後等のための所得保障としての社会保障的意義を有しているので、対象期間における保険料納付に対する夫婦の寄与の程度は、特別の事情がない限り、互いに同等と見るのが相当」との一般的見解を表明しています。
どの裁判例も、結果的には、おおよそ、この見解に沿った判断を示していますが、6.の大阪高裁平成21年9月4日決定が出て以降、この決定がその後の審判や高裁決定で必ず引用される先例乃至リーディングケースとなっています。
同決定は、対象期間中の保険料納付に対する寄与の程度は、特別の事情がない限り、同等とみて、請求すべき按分割合を0.5と定めるのが原則。特別の事情については、夫婦の寄与を同等とみることが著しく不当であるような例外的な事情がある場合に限られ、殆ど没交渉の長期間の別居や元配偶者が婚姻生活外の私的活動に時間を費やしたこと等は、特別の事情には当らないとしました。
又、婚姻期間44年中の8割に当る30年間没交渉に近い別居していた事例でも、長期間の別居について、元妻に主たる責任があるとは認められない以上は、特別の事情にはあたらないと判示しました。(大阪高裁平成21年9月4日決定)
平成19年以降の裁判例において、0.5以外の按分割合を主張する理由は、おおかれ少なかれ、別居を理由とするものが大半です。これらの裁判例を踏まえると、裁判所が特別事情を認定して、0.5以外の按分割合を命じることのハードルはとてつもなく高いものと思われます。
これら過去8例の裁判例(家庭裁判所での審判時の時系列で裁判要旨を掲載)の論旨からは、事実上の離婚状態にあることが客観的に明白な別居をしていた上で、第1号改定者に、別居期間中の経済負担が過重にかかっていた場合や、第2号改訂者による不貞等の有責行為で別居するに至った場合に、特別事情が認定されるそれなりの可能性はあるように思われます。但し、同居期間中の按分割合は0.5とする前提での判断になると思われる。
尚、0.3の按分割合とした東京家裁平成25年10月1日審判は、大阪高裁平成21年9月4日決定や最高裁・事務総局の一般指針から大きく逸脱しているとの批判もあり、今後これが基準となる裁判例と考えることは危険すぎるように思います。
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最高裁事務総局の一般的見解
現行の被用者年金は、その性質及び機能上、基本的に夫婦双方の老後等のための所得保障としての社会保障的意義を有しているものであるところ、離婚時年金分割との関係においては、婚姻期間中の保険料等納付は、互いの協力により、それぞれの老後等のための所得保障を同等に形成していくという意味合いを有しているものと評価でき、対象期間における保険料等納付に対する夫婦の寄与の程度は、特別の事情がない限り、互いに同等と見るのが相当であると考えるのが、一般的見解である。(「離婚時年金分割制度関係執務資料」P52最高裁事務総局編(司法協会2007.3刊)
1.別居とその後の家庭内別居は、年金分割の特別事情でない
札幌高裁平成19年6月26日決定。
定年退職の7年前から別居したこと及び定年退職後は7年間の家庭内別居をしたことは、保険料納付や掛け金の払い込みに対して元夫が特別な寄与をしたとは言えないので、夫婦同等の寄与として、年金分割についての請求割合を0.5とするのが相当。原審判である釧路家裁平成19年5月18日審判を是認し、元夫の即時抗告を棄却。
- 別居とその後の家庭内別居は、年金分割の特別事情でない(裁判例)(札幌高裁平成19年6月26日決定)
2.松山家裁平成19年5月31日審判
昭和57年に婚姻し、平成19年5月に協議離婚したケースに対して、夫が裁判所からの書面照会に対する回答書の提出がなく、特別の事情があると認めることはできない。対象期間における保険料納付に対する夫婦の寄与は、特別の事情がない限り、互いに同等と見るのを原則と考えるべきで、按分割合は0.5とする。
3.同居期間が短い事は、年金分割の特別事情にあたらない
名古屋高裁平20年2月1日決定。
婚姻期間27年8ヶ月に対し、12年11ヶ月の単身赴任を行った後に、2年7ヶ月の別居を行って、夫婦の同居期間が少ないことを特別の事情として元夫は主張して、即時抗告。
厚生年金法78条の2第2項は、「裁判所は当該対象期間における保険料納付に対する当事者の寄与の程度その他一切の事情を考慮して年金分割における按分割合を定めることができる。」と規定しており、厚生年金保険等の被用者年金が、婚姻期間中の保険料納付により、主として夫婦双方の老後の所得保障を同等に形成していくという社会保障的性質及び機能を有していることに鑑みれば、年金分割における被扶養配偶者の按分割合を定める際、上記一切の事情を考慮するにあたっても、特段の事情ない限り、その按分割合は0.5とされるべきである。
単身赴任は、別居とは異なるもので、特段の事情には当らない。また、夫婦間の相互扶助の欠如によって夫婦関係が悪化して別居に至ったとしても、本件では別居は31ヶ月に止まり、按分割合0.5を変更すべき特段の事情に当らない。
婚姻期間中に元夫がした借金を離婚後も返済していることも、自分名義の借金は自分が負担することは当然であり、特別の事情には該当しないとして、原審(岐阜家裁平成19年12月17日)を是認し、元夫の抗告を棄却。
- 同居期間が短い事は、年金分割の特別事情にあたらない(裁判例)(名古屋高裁平成20年2月1日決定
4.浪費や財産隠匿は、年金分割に関する特別事情にあたらない
広島高裁平成20年3月1日決定。
7年の婚姻期間中、2年別居していた事案、元夫は、元妻が浪費をして、財産を隠匿していることを理由として広島高裁に即時抗告。
按分割合を定めるに当って、事実上の離婚状態にあることが客観的に明白な破綻別居期間を対象の婚姻期間から除外すべきであるとしても、別居したことから直ちに、婚姻関係が破綻して事実上の離婚状態になっていたものとは言えない。
本件では、按分割合を定めるあたって斟酌しなければ不相当というべきまでの明白な破綻別居期間の存在を認定できない。
元妻の浪費や隠匿に係わる事実があったとしても、離婚に伴う財産分与で解決すべき事項で、特別の事情には当らない。
- 浪費や財産隠匿は、年金分割に関する特別事情にあたらない(裁判例)(広島高裁平成20年3月1日決定)
5.婚姻30年中、13年別居していても年金分割は0.5
東京家裁平成20年10月22日審判。
婚姻期間30年中、13年別居していた事案で、裁判所は下記の通り判断。
対象期間における保険料納付に対する夫婦の寄与は、特別の事情がない限り、互いに同等と見るのを原則と考えるべき。
いわゆる3号分割に関する厚生年金保険法78条の12に示された「被扶養配偶者を有する被保険者が負担した保険料について、当該被扶養配偶者が共同して負担したものであるという基本的認識」は、特別の事情がない限り、いわゆる合意分割にも妥当する。
法律上の夫婦は、互いに扶助すべき義務を負っており、(民法752条)、仮に別居により、夫婦間の具体的行為としての協力関係が薄くなった場合であっても、夫婦双方の生活に要する費用が夫婦の一方または夫婦双方の収入によって分担されるべきであるのと同様に、それぞれの老後のための所得保障についても夫婦の一方または双方の収入によって同等に形成されるべき関係にある。
申立人(元妻)が相手方(元夫)に対して、別居期間中に扶助を求めることが信義則に反していたよいうような事情は何ら見当たらない。
- 婚姻30年中、13年別居していても年金分割は0.5(裁判例)(東京家裁平成20年10月22日審判)
厚生年金保険法における3号分割の基本的認識
(被扶養配偶者に対する年金たる保険給付の基本的認識)
第七十八条の十三 被扶養配偶者に対する年金たる保険給付に関しては、第三章に定めるもののほか、被扶養配偶者を有する被保険者が負担した保険料について、当該被扶養配偶者が共同して負担したものであるという基本的認識の下に、この章の定めるところによる。
6.年金分割の按分割合は、家裁審判では特別事情がない限り0.5
大阪高裁平成21年9月4日決定。
本件では、婚姻期間が36年で、その内別居期間が14年に及ぶ夫婦の事案で、原審の奈良家庭裁判所(奈良家裁平21年4月17日審判)では、同居期間中の年金分割の按分割合は0.5としたが、別居以降の第2号改訂者(元妻)への年金分割を却下した。
元妻は、却下された年金分割の按分割合も0.5とするよう求め、元夫も同居時の妻の保険料納付の寄与を否定して同居時の年金分割も却下するよう求めて、双方共に、大阪高裁へ即時抗告した。
年金分割は、被用者年金が夫婦双方の老後等の所得保障としての社会保障的機能を有する制度であるから、対象期間中の保険料納付に対する寄与の程度は、特別の事情がない限り、同等とみて、年金分割についての請求すべき按分割合を0.5と定めるのが相当で、その趣旨は、夫婦の一方が被扶養配偶者である場合の3号分割にも現れている。特別の事情については、夫婦の寄与を同等とみることが著しく不当であるような例外的な事情がある場合に限られる。
本件に関しては、長期間の別居も元妻が宗教活動に多大の時間を費やしたことも、保険料納付に対する寄与の程度を同等以外とする特別の事情には当らないとして、一部原審を破棄して、同居時も別居以降も0.5の按分割合による年金分割を命じた。
尚、以降、本件(大阪高裁平成21年9月4日決定)が多くの審判や抗告審で引用されている先例乃至リーディングケースとなっています。
・年金分割の按分割合は、家裁審判では特別事情がない限り0.5(裁判例)(大阪高裁平成21年9月4日決定)
7.0.3の年金分割の按分割合で確定した希な裁判例
東京家裁平成25年10月1日審判。
本件は、平成27年(2015年)10月の被用者年金の一元化前の申立てだったので、二つの被用者年金の年金分割をめぐって二つの審判が行われました。元夫の厚生年金の按分割合を0.5とする審判が確定後に、本件・妻の私学共済年金の按分割合に関する審判が行われました。
保険料納付に対する寄与の程度が同等でない特別な事情として、裁判官は、元夫の退職以降は、①元妻が家計のやりくりに苦労したこと②元妻が家事労働と生計費稼働の二役をはたしたことを挙げています。
この審判が依拠している大阪高裁平成21年9月4日決定は、長期の没交渉の別居により、実質的に他方配偶者からの扶助が停止している事情でさえも、保険料納付に対する寄与の程度を同等以外とする特別の事情には当らないとしています。
本件では、元夫は不定額ながら年金から生活費を拠出している事実が認定されています。大阪高裁平成21年9月4日決定における配偶者の扶助より、本件における配偶者の扶助の方がはるかに寄与の程度が大きいと言えるように思います。
この審判が、依拠している先例と合致しているかは、疑問なしとしない所で、相当の批判があります。この裁判例が今後の基準になると考えるのは危険なように思います。
・0.3の年金分割の按分割合で確定した希な裁判例(東京家裁平成25年10月1日審判)
8.年金分割の按分割合は、35年の別居があっても0.5
大阪高裁令和元年8月21日決定。
別居期間があることを理由として、年金分割の按分割合を均等以下とすることを求めた裁判例は大阪高裁平成21年9月4日決定を含めて4,5例あるようですが、いずれも、高裁の抗告審では、いずれも0.5の按分割合とされています。
本件は、その中でも、婚姻期間44年に対して別居期間が35年に及ぶ最も別居期間の比重が最も高い案件です。原審の大津家裁高島出張所令和元年5月9日審判は、0.35の按分割合としたため、元妻が大阪高裁に即時抗告しました。
大阪高裁は、大阪高裁平成21年9月4日決定を引用して、別居に至ったことに対して一方当事者に専らの責任が認められない限り、別居の事実は、保険料納付の寄与を同等としない特別の事情にあたらないとして、原審を破棄して、0.5の按分割合としました。
特別の事情を認定するハードルはとても高いと言えます。
- 年金分割の按分割合は、35年の別居があっても0.5(裁判例)(大阪高裁令和元年8月21日決定)