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0.3の年金分割の按分割合で確定した希な裁判例

年金分割制度が平成19年(2007年)4月に導入されて以来、年金分割に関する審判で按分割合を0.5以下とする家庭裁判所での審判は、3例程度あるようですが、2件は不服申立てされ、高裁抗告審で0.5に修正されています。東京家裁平成25年10月1日審判のように不服申立てされないで、0.3の按分割合が確定したのは希な事例のようです。

本件申立ては、平成27年(2015年)10月の被用者年金の一元化前でしたので、二つの被用者年金(元夫が加入する厚生年金と元妻が加入する私学共済年金)の年金分割をめぐって二つの審判が行われました。元夫の厚生年金の按分割合を0.5とする審判が確定後に、本件審判が開かれました。

保険料納付に対する寄与の程度が同等ででない特別な事情として、裁判官は、元夫の退職以降は、①元妻が家計のやりくりに苦労したこと②元妻が家事労働と生計費稼働の二役をはたしたことが挙げています。

元夫が主として稼働していた時は、元妻は専業主婦として家事を負担していたのに、元夫の退職後は、元妻が主に稼働しているのに、元夫は家事を負担していないので、専業主婦時代の元妻より夫の寄与が劣っていると裁判官は認定したように思えます。

しかし、この審判が依拠している大阪高裁平成21年9月4日決定は、長期の没交渉の別居により、実質的に他方配偶者から扶助が停止している事情でさえも、保険料納付に対する寄与の程度を同等以外とする特別の事情には当らないとしています。

本件では、元夫は不定額ながら年金から生活費を拠出している事実が認定されています。大阪高裁平成21年9月4日決定における配偶者の扶助より、本件における配偶者の扶助の方がはるかに寄与の程度が大きいと言えると思います。

この審判が、依拠している先例(大阪高裁平成21年9月4日決定)と合致しているかは、疑問なしとしない所で、この審判には、相当な批判があります。この裁判例が今後の基準になると考えるのは危険なように思います。

本裁判例出所:判例時報2218-69

事案の概要

  • 1962年:婚姻(婚姻期間50年)
  • 元夫:婚姻時~1995年(定年退職)貿易会社に勤務し厚生年金加入、定年退職以降は、厚生年金が主たる収入源で、元妻の収入を主として家計を維持したが、元夫も不定額であるが年金から生活費を負担
  • 元妻:婚姻時は、中学教諭をしていたが、元夫の転勤のより退職して、約30年間は専業主婦
  • 1990年~元妻は非常勤教員として勤務再開
  • 1999年頃~元妻は私立校の専任教員になり、私立学校教職員共済(私学共済)加入
  • 2012年11月:年金分割だけ積み残して離婚調停成立、年金分割は、元妻が元夫の厚生年金のみの50%分割を主張し、元夫は厚生年金と元妻の私学共済年金と合算して50%となるよう分割割合を主張して、調停では合意できず。
  • 2013年6月 元妻は、元夫の厚生年金分割審判申立→同年9月に0.5の審判確定
  • 2013年6月以降に、元夫が元妻に対して、本件・私学共済年金の年金分割を申立。
  • 2013年9月時点の元夫の生活状態:元夫「賃料6万の借家に居住し、月21万の年金受給<年金分割前>、元妻の私学共済年金の按分割合が0.5ととなった場合の元夫の年金収入増加見込額:月額約2.6万円」
  • 2013年9月時点の元妻の生活状態:「老齢基礎年金と私学共済年金合計で月11万強の年金受給→元夫の厚生年金分割で月18万弱の年金」

被用者年金一元化前の年金分割

平成19年(2007年)4月1日から平成27年(2015年)9月30日までは、国家公務員共済組合、地方公務員共済組合、私立学校教職員共済の各共済年金制度は、厚生年金と並立しており、各共済年金と厚生年金は別々に年金分割するしか方法がなかった。

平成27年10月1日以降は、全ての被用者年金は、厚生年金制度に一元化されたため、厚生年金と各共済年金が合算されて年金分割の対象となるようになった。

本件は、平成25年の申立事件であるので、被用者年金の一元化前であったので、年金分割は、厚生年金と私学共済別にそれぞれに審判が申立てられて、2事件となった。

元妻の審判申立ての送達を受けてすぐに、元夫も私学共済の年金分割を申したたてていれば、通常は2事件が併合されたと思う。多分、元夫の対応が遅れたものと推測する。

離婚調停での財産分与条件

  1. 自宅不動産:元妻及び元妻の実母所有の敷地に1995年に新築した建物の元夫持分1/2を元妻に分与
  2. 上記代償として、元妻は、元夫名義の住宅ローン残債(1200万)を履行引受。(建物建築費4300万の調達内訳:元夫の住宅ローン・2300万、元妻・現金1500万、元妻の実母・現金500万)尚、元妻のローン返済額は月13万強。
  3. 互いに秘匿している退職金及び預貯金は名義通りとして分与対象から除外
  4. 上記以外の財産分与の合意はなく、年金分割を除いた精算条項を調停条項に付す。

裁判所の判断

  1. 年金分割は、被用者年金が夫婦双方の老後等のための所得保障としての社会保障的機能を有する制度であるから、対象期間中の保険料納付の寄与の程度は、特別の事情がない限り、互いに同等とみて、年金分割についての請求すべき按分割合は0.5と定めるのが相当。(大阪高裁平成21年9月4日決定を引用)
  2. 上記特別の事情については、保険料納付に対する夫婦の寄与を同等とみることが著しく不当であるような例外的な事情がある場合に限られるべきで、以下例外的事情がある否かについて見る。
  3. 夫婦の寄与を同等と見ることが著しく不当であるような例外的事情として以下事実が認められる。①元夫が1000万円単位の負債を負ったり、元妻から借入れをしたり、入院により経費がかかったりして、元妻が家計のやりくりに苦労したであろうこと。②元夫が1995年に定年退職した後は、不定額の生活費を負担していたもの、それのみでは元妻が家計を維持するには不足しており、1999年以降は、家事を負担しながら専任教員として勤務するようになった元妻の収入を主として家計が維持されていた事。
  4. 元妻の給与から支払われていた私学共済年金の保険料納付に対する夫婦の寄与を同等の50%と見ることは相当でないが、元夫の借入金は退職金で返済されたこと、元妻が50年の婚姻期間中30年は専業主婦でその間は元夫の給与収入で生計が維持されていたこと、財産分与条件など、その他本件に現れた一切の事情を考慮すれば、元夫の寄与をゼロとして元夫の年金分割を認めないとするまでの特段の事情があるとはいえない。
  5. その寄与割合については、元夫婦の婚姻期間50年と、そのうち、主として元夫の収入で家計が維持されていた30年との比例的な関係を対応させて、元夫の年金分割の按分割合を30%とするのが相当。

コメント

寄与が同等ででない特別な事情として、元夫の退職以降は、①元妻が家計のやりくりに苦労したこと②元妻が家事労働と生計費稼働の二役であったこと(←1999年以降は、家事を負担しながら専任教員として勤務した元妻の収入を主として家計が維持された)が挙げられている。

しかし、元夫の借金とか入院費のこと等元妻が家計のやりくりに苦労したとのことは、元夫の借金がギャンブル等の浪費に相当し共有財産に持ち戻すべき内容であったのかも知れないが、離婚調停では双方の主張がされて後に前記財産分与条件も合意したことで全て解決済みの筈であり、しかも清算条項までついている。財産分与上の諸事情を、目的や機能が異なる年金分割における特別で例外的事情に適用できるのであろうか?

又、元夫が主として稼働していた時は、元妻は家事を負担していたが、元夫の退職後は、元妻が主に稼働しているのに、元夫は家事を負担していないので、専業主婦時代の元妻より寄与が劣っていると裁判官は認定しているように見える。元夫の退職後の寄与は、元妻の専業主婦時代の寄与と同等でないとするロジックとして通用するようにも見える。

しかし、この審判が依拠している大阪高裁平成21年9月4日決定は、長期間の没交渉の別居により、実質的に他方配偶者から扶助協力が停止している事情でさえも、保険料納付に対する寄与の程度を同等以外とする特別の事情には当らないとしています。

本件では、元夫は不定額ながら年金から生活費を拠出している事実が認定されている。大阪高裁決定における配偶者の扶助より、本件における配偶者の扶助の方がはるかに寄与の程度が大きいのではないでしょうか。であるなら、同等ではないとする特別な事情はなく、元夫に対して0.5の按分割合が認めれるべきだったように思う。本審判は、自らが依拠しているという大阪高裁平成21年9月4日決定の判旨から逸脱していて自己矛盾を起こしているように思います。

基本的に裁判例を批判せずに中立的な立場に立つことが多い判例時報(2218-70)の解説者(匿名)が、以下のように本裁判例を批判的にコメントしています。

「請求すべき按分割合に関する確定審判としては珍しい事例であることから、紹介する次第である。」「もっとも、その内容及び結論の妥当性については、判示の各事由が原則的寄与割合(同等)を変更すべき特別の事情といえるかどうかという点については問題があり、(中略)請求すべき按分割合の定めに関する一般的見解(注記参照)や、同見解の下における各裁判例に照らし、なお検討を要するというべきであろう。」(判例時報2218-70)

元夫は即時抗告しなかったので、本審判は、偶々確定しているが、0.5以外の按分割合で確定した極めて希な例であろう。多分、元夫は代理人を依頼していなかったようにも思う。弁護士であれば、過去の裁判例のロジックからの逸脱にすぐ気づき、必ずや、抗告したであろう。

この裁判例が今後の基準になると考えるのは、あまりに危険だと思います。

特に、以下のような解説をご自分のHPに掲載している弁護士がいることは本審判例の悪しき影響が出ているように思います。この弁護士の意見には与しません。

「0.5以外の按分割合を求める場合、本件のように、一方配偶者が借金をしていたり、家計と家事の双方を一方配偶者が担っていたりと、ごく例外的事情を逐一主張立証する必要があります。年金分割の按分割合は、決して機械的に定められるわけではありませんので、適宜その例外的な事情を相談いただくことを勧めます。」(ある弁護士HP)

尚、何の関係もありませんが、担当裁判官は女性でした。

注記

一般的見解とは、2007年4月の離婚時年金分割制度の施行前に、最高裁事務総局が示したは以下の見解を意味しています。

「現行の被用者年金は、その性質及び機能上、基本的に夫婦双方の老後等のための所得保障としての社会保障的意義を有しているものであるところ、離婚時年金分割との関係においては、婚姻期間中の保険料等納付は、互いの協力により、それぞれの老後等のための所得保障を同等に形成していくという意味合いを有しているものと評価でき、対象期間における保険料等納付に対する夫婦の寄与の程度は、特別の事情がない限り、互いに同等と見るのが相当であると考えるのが、一般的見解である。」(「離婚時年金分割制度関係執務資料」P52最高裁事務総局編(司法協会2007.3刊)

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